大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所弘前支部 昭和30年(ワ)109号 判決 1956年2月15日

主文

被告は原告に対し金二十七万五百六十円を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告負担とする。

事実

(省略)

理由

昭和二十九年四月一日原告と被告とは訴外野沢藤吉夫妻の媒酌婚姻の式を挙げ爾来昭和三十年一月六日まで被告方において同棲し事実上夫婦生活を営んでいたこと、原告は被告との同棲生活数ケ月ならずして姙娠したこと。原告から被告を相手として昭和三十年四月十四日青森家庭裁判所弘前支部に慰藉料並に子の認知請求の調停を申立をしたが同年七月七日取下げられたこと、は当事者間に争がない。

而して、成立に争のない甲第七乃至九号証、証人板垣弥吉、野沢藤吉、小板永一の各証言並に原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告は昭和二十八年暮頃訴外小板永一を通して原告及びその父春日吉之に対し再三原告を嫁として貰い受けたい旨申入れたが、右吉之から原告の姉二人を他に嫁せしめたばかりで十分な仕度をしてやることが出来ないし、農耕の人手も不足だからと謝絶せられるや、被告は嫁入道具や着物は買つてやつてもよし又その費用として金十万円贈与してもよい。又農事の忙しい時は何時でも手伝いに寄越すからと懇請したため、原告及び右吉之は原告が被告に嫁すことを承諾したのであつたが、右吉之は嫁入道具等の贈与を受けたのでは原告が肩身の狭い思いをすることと考え、徐々に少しづつ返済する約定の下に被告から金十万円を借受け、これを以つて諸準備を整い前記のとおり昭和二十九年四月一日婚姻の式を挙げたものであること、その後暫くの間原告と被告との間は円満であつたが、同年六月頃原告が妊娠し常人のように仕事が出来なくなつたので、被告の母ヤヘは原告に対し、「半人前しか仕事ができない。食うだけの仕事ができない財産無くしの嫁だ。」とかの嫌味を云うようになり、又原告は八十余才の被告の祖父茂の身の廻りを世話する者がないので、その世話してやつていると右ヤヘは「若い時いぢめられたのだから世話しなくともよい。」といかにも不快らしい態度を示し、剰え原告と右茂との仲を疑うような言辞を弄するようになつたこと、被告も亦その頃即ち昭和二十九年十月頃原告の父吉之に対し前記金十万円の返済を求めたが、右吉之が手許不如意のため支払の猶予を乞うたことがあつてからは母ヤヘの前示仕打に同調するように、原告に聞いよがしに母や弟妹達と「何うして十万円を取つたら良いだろう。」などと相談をしたり、原告と被告茂とが醜関係あるのではないかとの疑を持つているようなことを云つたり、又原告に対し再三原告の宿している子は俺の胤ではない、などと放言し、事毎に辛く当るようになつたこと、そこで原告は被告方に居たたまらず身体の具合も悪く腰も痛むので、実家に帰り二、三日休養してくる。と云つて昭和三十年一月六日実家に帰つたこと、その後間もなく被告から原告の父吉之に対し再三前記金十万円返済の厳重な催促があつたので、右吉之は金五万円づつ二回に返済し、原告も被告と夫婦生活を継続することは不可能であることを悟り前記のとおり同年四月被告を相手どり、青森家庭裁判所弘前支部に、昭和三十年三月十二日分娩した女児の認知及び慰藉料等請求の内縁関係等解消の調停を申立てたが、遂に成立するに至らず、結局取下げられたが茲に原告と被告との婚姻予約は解消せられたことが認められ、右認定に反する証人ヤヘ及び被告本人の供述部分は採用し難く、その他の証拠によつては右認定を左右することができない。

以上の事実関係に徴すれば、原告と被告とは昭和二十九年四月一日訴外伊沢藤吉の媒酌により婚姻の式を挙げ同棲したのであるから、婚姻の予約をしたものであること明かである。而して原告と被告との夫婦仲は当初良かつたのであるが、原告が姙娠して常人のように働くことが出来なくなつたのみならず、被告の母ヤヘが好意を以つておらない老齢の被告茂を何かと親切に面倒を見、世話したため、右姑ヤヘが原告に辛く当るようになつたのであるが、被告はこれを制止しないのみならず、挙式前は贈与するとまで云つて提供した原告の嫁入仕度金十万円を欲しくなり、原告の父に催促したが、原告の父が手許不如意で支払の猶予を乞うや被告も亦原告を疎ずるようになり、殊に何等確たる根拠なきに拘らず原告の懐姙した子は被告の胤ではないなどと放言するに至つたことが認められる。かかる被告の言辞は妻として実に堪え難き侮辱であるのみならず、昭和三十年一月六日原告が実家に帰るや再三に亘り前記金十万円の返済を迫りこれを支払うの余儀なからしめたような仕打は、たとえ被告が言葉を以つて原告との婚姻予約を破毀する旨言明せず、却つて前記のとおり原告から被告を相手方として婚姻予約解消の調停申立をしたのであつても被告は原告に対し、かかる措置を取るの已むを得ざらしめるように仕向けたものと認めるを相当とすべきであるから、以上のように原告と被告との間の婚姻を不成立に至らしめた責は被告が負担すべきで、よつて原告の蒙つた有形無形の損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

よつて進んでその損害額につき按ずるに、成立に争のない甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四乃至六号証並に前掲証人春日吉之、阿部ヤヘの証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和九年四月十二日生れで昭和二十六年三月弘前市所在の柴田女子高等学校別科一年卒業後両親の下で農業に従事していたもので初婚であつたこと、原告の父春日吉之は田二反三畝余り、畑二反八畝を所有し農業の傍ら庭師を営み年収金七、八万円を挙げている者であること、一方被告は昭和元年十二月二十八日生れで昭和十七年三月玉成国民学校高等科を卒業後農事に従事しており、田六反歩余り、畑約一反歩を所有耕作している者であること、が認められ、この事実と前記認定の本件婚姻予約をするに至つた事情並にこれを破棄するまでの経緯を考え合せるときは、原告は本件婚姻予約が不成立に終つたことに精神上多大の打撃を蒙つたことは認めるに難くないところであつて、その苦痛は金二十万円を以つて慰藉し得るものと認める。

次に原告は被告の婚姻予約不履行により、(イ)結婚衣裳その他の調度品を購入した代金三万五千円、(ロ)子供の出産及び養育に要した諸費用金三万四千円、(ハ)結婚披露宴に要した費用金三万六千五百六十円の各損害を蒙つた旨主張するにつき順次判断するに、(イ)結婚衣裳その他の調度品は婚姻の予約不履行により一応不必要になつたように考えられないこともないが、物自体は現実に原告の手裡に存在するのであるから、その買入代金が直ちに婚姻予約不履行により原告の蒙つた損害とは云い得ないものというべきで、この点に関する原告の請求は失当たるを免れない。(ロ)原告が被告と同棲中懐胎し昭和三十年三月十二日女児を分娩したことは前記認定のとおりであつて、その際原告が産婆料金二千円、同心付金千円を支出し、又出産児の衣類その他諸費用として金一万円、昭和三十年三月から九月までに養育費として金二万一千円を要したことは証人春日吉之の証言により肯認し得るところである。而して右のような出産費用及び子の養育費用の如きは原告と被告とが同棲生活をした当然の結果として発生したものであるから、婚姻から生ずる費用に準じ、双方の資産、収入その他一切の事情を考慮し各自応分の額を負担すべきものと解すべきところ、前認定のとおり原告は被告の許を去つて生家において出産したのであるから社会通念に照し本件費用の外なお相当額の出費をしているものと考えられるのみならず、前敍原告方及び被告の資産、婚姻予約を破毀するに至つた事情等を勘案し現実に要した本件費用の如きは全部被告において負担するのを相当とする。(ハ)原告と被告とが本件婚姻の予約をするに当り、原告は昭和二十九年四月一日親類知友を招いて披露宴を催し、これに来客用折詰二十五人分代金八千五百円、八百屋に対する諸支払金六千五百円、酒代金一万円、肴代金六千五百六十円、その他雑費金五千円を要したことは証人春日吉之の証言により認め得るところにして、この程度の披露宴は不相当とは云い得ないし、これは婚姻予約の破毀により全く無駄となつたのであるから、被告は原告に対し、これを賠償すべき義務がある。

以上説明したとおりの次第であるから原告の本訴請求中原告が被告に対し慰藉料金二十万円、子供の出産養育に要した費用金三万四千円、結婚披露宴に要した費用金三万六千五百六十円、合計二十七万五百六十円の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例